ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来

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世界的ベストセラー

今回は、ユヴァル・ノア・ハラリさんの世界的ベストセラー「ホモ・デウス」をご紹介します。

ユヴァル・ノア・ハラリさんは、オックスフォード大学で中世史、軍事史の博士号を取得されたイスラエル人歴史学者です。

「サピエンス全史」「21Lessons」の著者としても有名です。

書店では、ユヴァル・ノア・ハラリさんの著書は必ずと言ってもいいほどベストな位置に陳列されていますし、書評ブログやユーチューバーの皆さんもよく取り上げられているのでいつかは読んでみたいと思っていました。

彼の著書三作の中でも、この「ホモ・デウス」は人類の未来について語られています。

この本は何を伝えようとしているか?

今、「AIなどの情報テクノロジーの発展が人類の職業を奪っていく。」といったことがさんざん言われています。

そんな世論があるなかで、この本は、人類の歴史、科学、テクノロジーの発展が、人類(ホモ・サピエンス)に対して職業を奪うだけでなく、「もっと大きな変化をもたらすんだ、うかうかしてたら大変なことになるよ。」と警鐘をならし「もっと人類の未来のことを考えようよ」と私たちに問いかけるような内容となっています。

正直、難解な部分もありましたが、この本の趣旨をざっと以下にまとめました。

人類が取り組むべき課題の変化

過去の歴史から、ホモ・サピエンスの課題は以下のように変化したといっています。

過去人類は、①飢饉 ②疫病 ③戦争の三つを課題としていたがこの課題はほぼ克服している。だから人類は次の課題へと取り組んでいる。

現代は、①不死 ②幸福 ③神性 この3つを人類が抱える最重要プロジェクト(課題)であり、特に③の神性を獲得しようとする第三のプロジェクトは最も重大な課題である。それはいわゆる、創造と破壊を行うような力を獲得し、ホモ・サピエンスをホモ・デウスへとアップグレードすることだとしています。

ホモ・デウスの「デウス」とは神様という意味で、人類が神になる。そんな意味を持っています。

ついに人類は神になっちゃうのか?

いや、実はすべての人類が神になれるわけではなく、一部の特権階級だけが神になるということらしいです。じゃあ私たちサラリーマンはどうなるんでしょうか?

人間至上主義の終着点

現代はまさに生態系の頂点に人類が君臨し世の中が回っています。

この人間至上主義の世の中で、①不死 ②幸福 ③神性 理想とする終着点に向かって人類はこの課題に取り組んでいます。

しかし、課題に取り組んでいる間に道を外れてしまい、人類はとんでもない終着点へ向かう恐れがある。ということらしいのです。

現在は、バイオテクノロジーと情報テクノロジーが巨大な力を私たちに与えています。まさにこの力をどう使うか?によって、私たちが乗る列車の行き先が左右されるということのようです。

それはどういうことなのか?

進歩の列車に取り残される

人類の過去を振り返ると、農業革命によって「有神論」が生まれました。

そして、科学革命によって「人間至上主義」が誕生しました。これにより人間は神にとって代わることになりました。

現代社会は人間至上主義の教義を信じているのですが、その教義が崩れかけているというのです。

本文ではこのように表現しています。

今、ホモ・サピエンスと呼ばれる駅を離れる最後の列車が出る。この列車に席を確保するためには、21世紀のバイオテクノロジーとコンピュータテクノロジーを理解する必要がある。

21世紀には進歩の列車に乗る人は神のような創造と破壊の力を獲得する一方、後に取り残される人は絶滅の憂き目にあう。

生き物はすべてアルゴリズム

今の生物学ではホモ・サピエンスを含めあらゆる動物は有機的なアルゴリズムの集合体であるとされています。

 ウィキペディアによるとアルゴリズムとは、

「計算可能」なことを計算する、形式的な手続きのこと、あるいはそれを形式的に表現したもの。コンピュータにアルゴリズムをソフトウェア的に実装するものがコンピュータプログラムである。

とされています。

ホモ・サピエンスが有機的なアルゴリズムだとすると、有機的なアルゴリズムに出来ることで、非有機的なアルゴリズムに再現できないことはない。計算が有効であるかぎり、アルゴリズムが炭素の形をとっていようとシリコンの形をとっていようと関係ない。とこの本では言っています。

非有機的なアルゴリズムの代表的な現代のテクノロジーは、グーグルでありフェイスブックでしょう。これらのアルゴリズムは、いったん人類に全知の巫女として信頼されれば、おそらく人類の代理人へ、最終的には人類を超越し君主へと進化するだろう。

と未来の姿の革新に迫っています。

テクノ人間至上主義 ホモ・デウスの誕生

非有機的なアルゴリズムが君主へと進化する過程を、自由主義の三つの脅威という表現で表しています。

自由主義の三つの脅威とは、①人間が完全に価値を失うこと ②外部のアルゴリズムに管理されること ③一部の人間がアップグレードされた少数の特権エリート階級(ホモ・デウス)となること。

③の一部の人間がアップグレードされた少数の特権エリート階級(ホモ・デウス)となること。これを「テクノ人間至上主義」と呼びます。

テクノ人間至上主義では、従来、病人の治療を行っていた医学が、治療を行うよりも、健康な特権階級のアップグレードを行うことに的を絞っていくようになる。

これにより、特権階級はアップグレードされて、それ以外のほとんどの人間はアップグレードされず、コンピュータアルゴリズムと特権エリート階級の両方に支配される劣等カーストとなる。と予見しています。

データ至上主義 ホモ・デウスの生き残り

次にくるのは「データ至上主義」です。

データ至上主義者は、コンピュータ科学と生物学に根差しており、ビッグデータとコンピュータアルゴリズムに信頼を置くようになります。

今後の数十年に、私たちはAIとバイオテクノロジーを制御できなくなり私たち人類の社会と経済をすっかり変えるかもしれない。テクノロジーが政治を出し抜くことになるかもしれない。

AIが人間にとって代わり人間至上主義が崩れる。そして一握りのエリート層は自らをホモ・デウスにアップグレードし、生き残りを図るために、無用者階級を支配したり切り捨てたりする。

無用者階級の人間は家畜同然のようになるのでしょうか?

人類の未来への問いかけ

そして最後に著者はこう私たちにこう問いかけます。

  1. 生き物は本当にアルゴリズムにすぎないのか?そして、声明は本当にデータ処理にすぎないのか?
  2. 知能と意識のどちらのほうが価値があるのか?
  3. 意識は持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになったとき、社会や政治や日常生活はどうなるのか?

私たちはどうすべきか?

最近よく、「AIや人工知能が仕事を奪う」と言われます。

SF映画では、人工知能のコンピュータがよく登場します。たしか映画「エイリアン」だったと思いますが、緊急事態に主人公が宇宙船のコンピュータに判断を仰ぐシーンがあったような気がします。

この本は、そんな世の中が現実になる可能性をもっとリアルに私たちに突き付けています。

そして、私たち人類がみな共通にその世界で幸福に暮らせるのではなく、一部の情報テクノロジーを操る特権階級がホモ・デウスになり、その他の無知な人間は支配されるか切り捨てられる。

要するに、これからは格差社会がもっと進む。データ主義により大きな格差が生まれるといっているのです。

私たちサラリーマンも情報テクノロジーに関わることを避けて通れない。すでにスマホに依存して生活している以上、すでに情報テクノロジーやデータに関わって生きているということです。

私たちはすでにデータに支配されているのです。

奴隷に成り下がってしまうのであれば、こんな怖い未来はないですが、ああ怖い怖い・・・・といってても世の中の変化はもう止められません。

でも、グーグルやフェイスブックやアマゾンのように今からデータを支配することは難しいでしょう。

だから、せめて、データを使いこなせるよう、情報テクノロジーやインターネットに対する自分のリテラシーを上げるしかないのです。

私はというと、このブログを書いて情報発信することで少しはリテラシーをあげられているんじゃないかなと思っています。

世の中はあっという間に変わっていきます。

私たち中年サラリーマンもこれからの世の中を生きて行く上で避けて通れない情報テクノロジーにちゃんと向き合いましょう。

と自分に戒めをしながら、皆さんにもエールを送り、今回のテーマを閉めくくります。

では、また!

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