世界5大宗教入門 世界94ヵ国で学んだ元外交官が教える

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ビジネスエリートの必須教養

今回は、山中俊之さんの著書「世界5大宗教入門」をご紹介します。

山中俊之さんは、東京大学法学部卒業後、外務省へ入省、エジプト、イギリス、サウジアラビアを歴任し、対中東外交や環境問題などを担当されていました。
エジプトではイスラム教徒の過程に2年間下宿、イスラエルではヘブライ大学のサマースクール絵ユダヤ人と同じ部屋で暮らす、イギリスではキリスト教の教会にボランティアとして通う。外務省を退職してからは2010年にグローバルダイナミクス社を設立。グローバルに活躍できるリーダーの育成に従事。宗教、ビジネス、先端科学に関するセミナーや研修も多数開催。最近ではビートたけしのTVタックルでキャストとして出演もされている多彩な方です。

私がこの本を手に取ったのは、宗教を体系的にとらえたいと思ったからです。

禅に興味をもって禅宗や禅語の本は何冊か読みましたが、そもそも宗教についてはこれっぽっちも知識がなく縁もゆかりもありません。

実家の宗派は真言宗ですが、真言宗は密教だ。と聞いてから何か怪しい秘密なんじゃないかな。とも思っていたくらいです。

ということで宗教のことについて全く持って無知な自分に少しは知識を入れておかないと、仏教だ…禅だ…なんて浅はかなこと言ってんな。と思えてきたんです。

だからまずは宗教とは何ぞやということを平易に書いている書籍はないかな?と探していた時に出会ったのがこの本でした。

ビジネスで使える宗教というだけあって私みたいな一般人サラリーマンにもわかりやすく興味が持てるように書いていただいています。

今回は本書で特にここは重要だと私なりに感じた部分を抜粋してそのまま取り上げました。
では読み進めてみましょう。

世界宗教と民族宗教

本書で取り上げられている宗教はこの5つです。

ユダヤ教
キリスト教
イスラム教
ヒンドゥー教
仏教

それぞれカテゴリー的には以下のように分類されます。

世界宗教… キリスト教、イスラム教、仏教
民族宗教… ユダヤ教(ユダヤ人)、ヒンドゥー教(インド人)、神道(日本人)

神道は日本古来の宗教ですので日本人の民族宗教と捉えています。

一神教… ユダヤ教、キリスト教、イスラム教
多神教… ヒンドゥー教、仏教

一神教か多神教かについては諸説あるので明確にはできないようですが、本書ではこのように言及されています。

一神教の唯一絶対の神とは姿を見せるものではなく、また何か別のものを神として崇めることも厳しく否定されます。これが偶像崇拝の禁止です。
一方、多神教では、神と人との境界線が曖昧です。

世界3大宗教の”根っこ”は同じ

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教は、「旧約聖書」における唯一絶対の神が天地を創造した(=天地創造)の概念を共有している。

初めに神は天地を創造された。

そのため、イスラム教はキリスト教徒やユダヤ教徒を親しみを込めて「啓天の民」と呼んでいる。

神が天地創造をした後、神とユダヤ人の祖とされるアブラハムとの約束によって、ユダヤ教が生まれた。

その後ユダヤ教から派生的に生まれたのがキリスト教。開祖はもちろんイエス。確立されたのは一世紀のこと。キリストの言動をもとに弟子が書き留めたものが「新約聖書」

そして、7世紀にはメッカに住んでいたムハンマドが神の啓示を受けてイスラム教を開祖。「旧約聖書」も啓典の一つですが、「コーラン」こそ正しい神の教えとしている。

ユダヤ教 

ユダヤ教は少人数ながら、国際政治・経済への多大な影響力を持っています。

ユダヤ人の定義は次の二つのいずれからに当てはまる人。

A:母親がユダヤ人である
B:ユダヤ教徒あるいはユダヤ教に正式に改宗を認められた人

ユダヤ教徒は「ヘブライ聖書」を聖典としている。ユダヤ教ではこの聖書のことを「タハナ」と呼んでいる。これはキリスト教における「旧約聖書」と内容は同じです。

旧約聖書にある天地創造によれば、第一日目に天(宇宙)と地と光、二日目に天(空)、三日目には大地と海と植物、四日目には太陽と月と星、五日目には魚と鳥、六日目には獣と家畜と人間をつくられ、七日目にはお休みになった。とされています。
また、アダムとエヴァ(イブ)の話も有名です。

これら聖書に書かれていることは真実であると信じている福音派と呼ばれる人がアメリカにはたくさんいます。

ユダヤ教は、「産み増やせ」という多産の奨励、「動植物を支配せよ」という人間の優位性が特徴で、仏教が動植物も含めて一体であるという考え方とは異なります。

ユダヤ教の本格的なストーリーはメソポタミアに住んでいたアブラハムという人が、「神の地カナン(今のパレスチナ)に移住しなさい」と神に命じられたことが始まり。このアブラハムは聖書における最重要登場人物の一人。

そしてもう一つポイントは「出エジプト記」。捨て子のモーセはエジプト王ファラオの子として育てられていたが、神からの啓示をうけてユダヤの民を救うためにエジプトを出て「約束の地カナン」を目指します。後ろにファラオの軍、目の前は海。行き詰ったモーセが手を上げると海が二つに割れて道ができた。無事にエジプトを脱出したモーセは神から「十戒」を授かります。これらのエピソードが聖書にある「出エジプト記」と「十戒」です。

ダビデ王とソロモン王の時代の繁栄が現在のユダヤ人の理想の姿であり、ソロモン王がエルサレムに神殿を建設したことにより、ユダヤ人がエルサレムを聖地と考える根拠となった。

その後、ユダヤ人は「バビロンの捕囚」を経て、ヨーロッパでの差別や迫害、ナチスによる、ユダヤ人排斥、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)を経験しつつも、世界に散らばっているユダヤ民族としてのアイデンティティを保ち続けているのです。

ユダヤ人には成功者が多い理由は、ビジネスマインドあふれる聖典「タルムード」の存在があるからと言われています。

たとえば、「学ぶことが大切だ。常に新しいことを学びなさい」「時間当たりの成果をちゃんと意識しなさい」「消費はいけない。投資をしなさい」などといった生産性についてやお金についても述べられています。

キリスト教 イエスの生誕から復活・昇天まで

キリスト教は世界のルールをつくった「西洋文化のルーツ」と言われています。

ユダヤ教の聖書「ヘブライ聖書」はメシア(救世主)が現れる、というところで終わっていて、救世主はまだ現れていない。としています。一方、イエスこそ救世主であるというのが、キリスト教の考えです。「キリスト」とはギリシャ語で「救世主」の意味。

キリスト教の聖書は、「旧約聖書」とともに「新約聖書」が加わります。旧約聖書はヘブライ語で書かれているのに対し、新約聖書はギリシャ語で書かれています。これがヨーロッパに広がった理由の一つ。

聖母マリアのもとに天使ガブリエルが降り立ち、聖霊によって神の子を身ごもったとされる「受胎告知」。紀元前4年12月25日にヨルダン川西岸にあるベツレヘムでイエスは生まれたとされる「イエスの生誕(降誕)」

イエスはヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けがラリアの地で宣教を始めます。イエスの教えが広まるとイエスが旧約聖書における救世主であると考える人が増えてきました。これをよく思わないユダヤ教の指導者層でした。このような状況のなか、イエスはユダヤ教の聖地であるエルサレムに入場します。自らの逮捕、処刑を予知していたイエスはパンとワインをそれぞれ自分の体と地にたとえて弟子に与えました。これが「最後の晩餐」です。

イエスは、弟子のひとり「ユダの裏切り」により逮捕され、イエスは十字架を背負ってヴィア・ドロローサといわれる道を歩いてゴルゴタの丘にたどり着きます。イエスの磔は、アダムとエヴァが禁断の身を食べて以来、現在を負った人間を解放するためにイエス自らが望んだことだと解釈されていて、このことを「贖罪」と言います。

イエスが処刑された三日後の日曜日に、イエスは復活して弟子の前に現れます。この復活はキリスト教の信仰の中心となるもので、復活を祝うのが復活祭です。そしてイエスは昇天します。

ここまでがイエスの生誕から昇天までの生涯です。

キリスト教の分裂

キリスト教は二人の弟子「ペトロ」と「パウロ」によりヨーロッパじゅうに広められました。そして392年にキリスト教はローマ帝国の国教になります。

他民族からの外圧や内政不安で弱体化したローマ帝国は東西に分裂。これに伴いキリスト教も二つに分かれます。「東方正教会」と「ローマ・カトリック」です。

その後どんどんローマ・カトリック教皇の権力が強くなっていきます。ローマ皇帝がローマ教皇に屈した「カノッサの屈辱」は有名です。

また、1096年からは、聖地エルサレムを奪還するための十字軍遠征が始まります。なんと7回も遠征した十字軍。キリスト教を広めようとしていたのですが、領土や材帆王の収奪を目的とする侵略戦争の側面もありました。

現在の日本では、異教徒に厳しく、紛争が多いのはイスラム教というイメージを抱く人が多いようですが、不況に関連する戦争が多かったのはキリスト教であると言われています。

東宝正教会もローマ・カトリックも布教のパワーとなったのは、美術や建築、そして音楽です。聖母マリア像、東方正教会の聖画、ロマネスク建築、ビザンチン建築、ゴシック建築、ルネサンス様式、バロック様式、モーツァルトやヴェルディなどの西洋音楽、有名なハレルヤ・コーラス。また、西洋文学においてもキリスト教は極めて重要なモチーフになっています。

ちなみに日本の古代からの音楽である雅楽も神道と関係があり、音楽と宗教は切っても切らない関係です。

キリスト教 カトリックとプロテスタント

こうして東方正教会とローマ・カトリックに分かれて世界に広がっていったキリスト教は16世紀に大転換期を迎えます。これがマルティン・ルターの「宗教改革」です。

当時、聖職者たちが絶対的な権力を握ったことで汚職や不正が横行していました。

ルターは腐敗したローマ・カトリック教会の改革を目的に、1517年に95か条の論題をカトリック教会に突き付けます。ローマ教皇の絶対権力に反発する人たちも、これに賛同。こうしてルターの首長から「プロテスタント」という宗派が確立します。プロテスタントとは「抗議」を意味するラテン語です。

ルターが掲げたのは「信仰主義」「聖書主義」「万人祭司」の三つです。

ローマカトリックとプロテスタントは以下の4つの違いがあります。

1、善行のローマ・カトリック、信仰のプロテスタント
2、ゴージャスなローマ・カトリック、シンプルなプロテスタント
3、感じるローマ・カトリック、考えるプロテスタント
4、生涯独身のローマ・カトリック、結婚OKのプロテスタント

まだ違いがあります。
4、聖職者の呼び方、カトリックは神父、プロテスタントは牧師。
5、プロテスタントは万人祭司の考えをとるので、カトリックのローマ教皇のような最高権威的存在はありません。

宗教改革によりカトリックも危機感が高まったことと、大航海時代と宗教改革を経ることで、ヨーロッパと地中海周辺の国々の宗教であったキリスト教が全世界に広まりました。特に16世紀ヨーロッパでは、スペイン、イタリア、フランスはカトリック、ドイツ、オランダ、北欧はプロテスタントが広まりました。

現在の欧米はカトリックとプロテスタント、東方正教会に分かれているが、興味深いのは、経済的にうまくいっている国々はプロテスタントである国が多いという点です。

その理由は以下の三つです。

1、識字率
2、個人としての自立
3、「仕事=神の教えに従うこと」という概念

あらゆる欲望を断ち禁欲的に働くことが救いになるとの考え方は、カルバン派のプロテスタントの職業簡に大きな影響を与え、禁欲的に働いたうえでの蓄財は罪ではなく、新たな事業に投資して良いという考え方は、資本主義の思想と親和性があったのです。

イスラム教

イスラム教は日本人に誤解されがちだが、実は「人にやさしい宗教」です。

イスラム教徒のベースには、イスラム社会としての考え方やルールがあります。

「イスラム」とはアラビア語で「神への帰依」を意味します。「ムスリム」はイスラム教の信者。イスラム教徒が信じる神は、コーランの考え方ではユダヤ教やキリスト教と同じ、天地を創造した全知全能の唯一神。それゆえ旧約聖書はイスラム教徒にとっても啓典なのです。この三つの宗教は根っこが同じです。

「アッラーの神」とはアラビア語で「その神」という意味であり、アッラーという名前ではなありません。

7世紀ごろ予言者ムハンマドが神の啓示を受けたことがイスラム教の始まりです。ムハンマドの主張は当時かなり斬新な物でした。

1、唯一絶対の神(アッラー)がいる。人間はみな、神の下にいる平等な存在だ
2、偶像崇拝は禁止するべきだ

ムハンマドは予言者ですがあくまでも人間です。この点は神の子とされるイエスとは大きく違います。ムハンマドは632年に亡くなりますが彼がウケた神の啓示は弟子たちが交渉で伝えました。これが「コーラン」です。

ムハンマドが死亡した後は正統カリフ時代になります。カリフとはムハンマドの代理人という意味です。この正統カリフは血統ではなく話し合いで選ばれました。しかし、四代目カリフのアリーの時代に後継者争いが起こり、664年にアリーは暗殺されると二つの宗派に分かれます。これがスンナ派とシーア派です。

現在では、スンナ派の国が多く、全世界のイスラム教徒の人口のおよそ90%を占めます。残る10%のシーア派は、イランの多数派であり、イラクの過半数をしめます。

スンナ派とシーア派の対立は、現在でもサウジアラビアとイランの外交関係やイエメン問題に影響を与えています。

イスラム教国のアラブとイランは大きく違います。
アラブ人とはアラビア語を母国語として話す人
イラン人はペルシャ語を話します。古代ギリシャ時代のペルシャ帝国の末裔というプライドがイラン人にはあります。
また、イスラムのもう一方の大国はトルコです。トルコは中東イスラム圏では後発ですが、オスマン帝国の栄光から誇り高い民族です。

イスラムは政治から生活までが宗教と一体化しています。

  • 礼拝    未明、昼、日没前、日没後、夜に5回メッカの方向に向かって祈る
  • ラマダン  イスラム歴の第九月に行う、日の出から日没まで一か月間の断食
  • ハラール  食事のルール。特に豚は絶対禁止。アルコールも禁じられている
  • 握手の仕方 左手は不浄とされているため右手のみで握手する
  • 女性の服装 顔と手以外は隠す。(ただし顔を全部覆うのはアラビア半島の習慣)

パレスチナ問題はエルサレムがユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとっての聖地であることがそもそもの始まりです。

  • ユダヤ教にとっては神殿があった場所
  • キリスト教にとってはイエスが磔になった場所
  • イスラム教にとってはムハンマドが一夜のうちに昇天旅行(ミウラージュ)した場所

自爆テロを行う過激派は「ジハード」と称していますが、誤解のもとだと困っているイスラム教徒はたくさんいます。ジハードの本来の意味は「イスラム共同体を守るために努力すること」です。コーランには「イスラム共同体に異教徒が攻めてきたら、平和を維持するために迎え撃ちなさい。ただし決して自分から仕掛けてはいけない」という趣旨の記述があります。これをきちんと理解すれば自爆テロが決してコーランの教えではないことがわかるでしょう。

ヒンドゥー教

日本文化に大きな影響を与えた兄弟のような宗教です。その起源はインドにあります。

ヒンドゥー教と仏教のルーツは同じです。ですが、日本人はヒンドゥー教はよくわからないと思っているのに対して、ヒンドゥー教徒は、仏教はヒンドゥー教の一種だと考えています。

インド人口の80%がヒンドゥー教徒だと言われています。その他の国では、バングラデシュ人口の10%、インドネシアのバリ島、ネパール、フィジーにも分布しており、全世界で10~11億人程度いると言われています。キリスト教、イスラム教に次いでヒンドゥー教徒は第三位の人口になります。

ヒンドゥー教は多神教です。その一つが東京柴又・帝釈天のルーツでもある英雄の神「インドラ」です。この多神教はやがてヴェーダ(=知識)という聖典にまとめられます。

紀元前6世紀に、ヒンドゥー教の根本になる考え方「ウパニシャッド哲学」がまとめられました。抽象的な概念を論理的に解析したり、真理をどこまでも探究したりするインド人の奥深い考えはウパニシャッド哲学にさかのぼると言われます。

地齋にインドのビジネスエリートが大切にしているのは「マハーバーラタ」とラーマーヤナ」という叙事詩です。

ヒンドゥー教にはいろんな神様がいて、信者は人それぞれに信じる神様がいるようです。そういう意味では神々の信仰は自由に行われています。

ヒンドゥー教徒は最終的に解説(モクシャ)して、宇宙の本質と一体化することを究極の姿としています。オーソドックスな考え方として以下の3つがあります。

1、信愛(パクティ・ヨーガ)  神様を信じる
2、行為(カルマ・ヨーガ)   祭司をつかさどる、お布施をする、瞑想する、行動する
3、知識(ジュナーナ・ヨーガ) 知識をちゃんと身につける

ヒンドゥー教徒にとって、牛は神聖な動物。もともと神の乗り物で、ある種、神格化されています。

仏教

さあいよいよ我ら日本人に深く根付いている仏教です。

当時のインド半島で絶対的な権力者であった司祭(バラモン)よりもクシャトリアが権力を持つようになります。これらはカースト制度の階級で生まれながらにして身分が決まっていてどんなに努力をしても変えることが出来ないという考え方がありました。

紀元前5世紀にバラモンの権威を否定したのがガウタマ・シッダールタ、すなわち釈尊です。紀元前5世紀に現在のネパール領であるルンビニで生まれたと言われています。シッダールタは実在した人物であるというのが定説です。

釈迦族の王子として何不自由ない暮らしをしていたシッダールタはその豪華な暮らしを捨てて29歳で修行を始めます。そして35歳の時、ブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開きました。悟りを開いた後は「仏陀」となり「釈尊」と呼ばれます。仏陀とは釈尊のことだけを指すのではなく、サンスクリット語で「悟った人」という意味の名刺です。

そして、釈尊は梵天に人々に教えを説くようにすすめられ布教を始めます。サルナートでの初めての布教では、「四諦」「八正道」「中道」を説きました。初めて仏教の教義を説いたことを「初転法輪」と言います。

釈尊が説いた初期仏教が目指すところは、生死を超えた悟りの境地である「涅槃」に至ることです。涅槃とは迷いも執着も何もない状態を指します。釈尊の教えには「涅槃は最高の幸福である」との言葉があります。

輪廻転生と解脱についてはヒンドゥー教と仏教ではある程度共通しています。
生まれ変わりを繰り返すと、最終的に悩みや苦しみがある人間の世界を離れて解脱できるのです。行いがあまりにひどいと動物や虫に生まれ変わることがあるとの考えもあります。仏教の「六道輪廻」という考え方では、天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つのどれかに転生すると考えられています。

しかし「悟り」という概念は、仏教独自のものです。
真実を悟ったシッダールタは仏陀となり、解脱して涅槃に入ったのです。

仏教では重要な概念である「四法印」とがあります。

1、諸行無常 物事はすべて常に変わっていく、それはあなた自身も同じです。
2、諸法無我 物事すべては関係性のなかで成り立つ。関係性なしでは存在しない。
3、一切皆苦 世の中のことはすべて苦しい。生きるとは苦しみである。
4、涅槃寂静 煩悩や迷い、悩みがない悟りの境地である涅槃とは静かな安らぎの境地である。ということ。

もう一つ、仏教の概念として外せないのが「四諦」です。

1、苦諦 一切は苦である
2、集諦 苦の原因は執着などである
3、滅諦 執着を滅した状態
4、道諦 悟りに至る道としての方法

この概念に対して、いかに実践すべきかという行動項目で重要なのが「八正道」と「五戒」です。

「八正道」とは、悟りに至るために実践すべき八項目です。

1、正見
2、正思惟
3、正語
4、正業
5、正命
6、正精進
7、正念
8、正定

「五戒」とは守るべき戒律です。出家するとさらに五つが加わり十戒となります。

1、殺すな
2、盗むな
3、不道徳な性行為をするな
4、嘘をつくな
5、酒を飲むな

5、の酒を飲むなは多くの日本人には厳しい戒律ですが、僧侶の中には酒を般若湯といって飲んでいる人もいます。

釈尊が始めた仏教は、反カーストに共感する人々に受け入れられインドで興隆し、その勢力をアジア全域に広げていきます。そしてアショーカ王の時代にインドでは仏教が全盛となったのです。

上座部仏教と大乗仏教の違い

この仏陀の教えは、釈尊の死後も弟子たちが受け継ぎアジアに広まっていきます。

釈尊の没後100年ほどたつと様々な分派が生まれました。
出家至上主義で仏陀の教えそのものである初期仏教に近いのが「上座部仏教」で、スリランカ、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーに広がりました。
在家を含む民衆の救済を目的とした新しい仏教の流れが、紀元前一世紀ごろに生まれた「大乗仏教」で、中国、韓国、ベトナム、日本に広がりました。

上座部仏教と大乗仏教の大きな違いの一つは、死生観です。

初期仏教では、釈尊が解脱して仏陀になり、釈迦如来として信仰と崇拝の対象となりました。釈尊の弟子たちや一般の信者も修行の末に解脱することはできますが、仏陀ではなく「阿羅漢」という仏陀よりもワンランク下の聖人になります。この考え方を引き継いでいるのが「上座部仏教」です。

一方、「大乗仏教」は、宗派によっては一般の庶民であっても念仏を唱えたり座禅を組んだりすれば悟りを開くことができ仏様になれます。そして釈迦如来の他にもたくさんの如来や菩薩が信仰と崇拝の対象となっています。宗派によって異なりますが、たくさんの仏様が信仰対象という考え方です。

大乗仏教は一世紀の後漢のころに中国に伝来・浸透し始めました。中国ではすでに儒教や道教という強固な自国の思想があったため、仏教が本来の教え通り根付かない可能性があったのです。

中国に伝来した仏教は二世紀には徐々に力を持つようになり、三世紀から五世紀の西晋から東晋の時代には中国とインドの間で僧が行き来して相互の交流を通じて仏教が発展していきました。この時代にインドのグプタ朝で仏教を学んだ東晋の法顕が『仏国記』によって大乗仏教を中国や東アジアにも広め、南北朝時代には仏教は大いに栄えます。

七世紀からの隋・唐の時代には、玄奘や義浄という僧がインドに赴き仏教思想を伝え、さらに、禅宗、浄土宗、密教などが宗派として整備されました。日本からは、遣隋使、遣唐使として多くの僧が中国で仏教を学び、そのなかには、天台宗を開いた最澄や、真言宗を開いた空海がいます。

北宋の時代は、山水画や花鳥画など美術が発展した中国芸術の興隆期。仏教もこの時代に再び勢いを取り戻し、特に禅宗は大いに発展しました。このころの北宋で禅宗を学んだのが曹洞宗を開いた道元です。

大乗仏教では「空」という概念があります。
自分というのは確かに存在しているように感じるが、その事実は今ここに立っているという事実支えられており、日本があり、地球があり、宇宙があり、ずっとたどっていくと、何かにささえられなければ事実というものは存在しない。ではすべてを支える事実とは何かと言えば、それはわからないのです。そうであれば実は何も無いのと同じではないか?

大乗仏教の「空」とはすべてを支える絶対的事実はない。つまり真実は存在しないということを意味しています。

「空」の概念は深遠で簡単に理解できるものではありません。
しかし、「目の前にあるものを疑う」「本当は何もないのではないかという前提で考える」という点では空はビジネスエリートにとっても必要な訓練のように思います。

「縁起」も重要な仏教の考えで、原因があるから結果があるという因果律を表しています。例えばコーヒーを飲むことをしても、中南米の生産者から豆がきて、焙煎する人がいて、その中には新興国の子供がつらい児童労働をしている可能性もあります。つまり、すべてつながっているという考え方が「縁起」なのです。

こうした「世界は一つにつながっている」という仏教的な概念は、格差是正や資源の枯渇、環境問題などグローバルな国際社会で大切になってくる一方です。

国連で全加盟国が賛同して設定されたSDGsの一つの重要な考え方は、すべてが世界とつながっているのだから、その起点となりうる自分が正しいことをしようというものです。SDGsはまさしく大乗仏教の「空」や「縁起」と親和性がある考え方です。

禅と瞑想

禅はもともとインドで生まれ中国で発展した修行方法で、仏教の悟りにいたるために座禅をくみます。ヨーガとも関係が深いといわれています。

禅とマインドフルネス・瞑想は、「心を整え集中させる」という点では共通していますが、目的が違います。マインドフルネス・瞑想は宗教色がなく、今の自分に全神経を集中させて心を整えれば目的達成です。一方、仏教の修行である禅は、その後さらに自らの心にある仏性に目覚め、悟りを開くことが目的となっています。

日本では、栄西および道元が北宋時代の中国から本格的に日本に持ち込み、それぞれ臨済宗、曹洞宗を開きました。

経営者や政治家で禅をしている人はたくさんいます。日本では稲森和夫氏、アップルの創業者スティーブ・ジョブス氏。

仏教は、「諸行無常」「諸法無我」でわかるとおり、すべてに執着しないように教えています。すべては変わっていくし、すべては絶対ではないし、すべては関係性のバランスのなかで一瞬存在している幻のようなもの。「だからすべてに執着してはいけませんよ」というのが仏教の教えです。

仏教はお金儲けについて禁じていませんが、執着しないと教えています。「もっとたくさんほしい」という理屈で生まれた資本主義社会が成功した結果、今では飽和状態になって「何もいらない、何も持たない」というシンプルな生き方への関心が高まっています。

日本の仏教はどのように広がったか

今日の日本の仏教のルーツは、大乗仏教の経典です。大乗仏教の経典とは、もともとサンスクリット語であった経典が中国で漢文化され、さらに儒教などの影響を受けた”中華味”の経典といっていいでしょう。

日本への仏教伝来は六世紀。当時仏教を中央集権のツールとしたのが聖徳太子です。その後、ヤマト王権は国家として仏教を積極的に取り入れ、奈良時代には南都六宗という学問グループとも言える宗派が発展しました。

平安時代には遣唐使として中国に派遣された日本の仏教の二大キーパーソンである、最澄と空海が登場します。

最澄が開いた天台宗は比叡山延暦寺が総本山で「法華経」を主要な経典とし、天台密教とも言われます。空海が開いた真言宗は高野山金剛峰寺が総本山で「大日経」「金剛頂経」を主要な経典と、真言密教とも呼ばれています。真言宗はより密教の影響が強く、物まで含めて一体と考えるのが神髄で、やはり人間と動植物、自然を分ける一神教とはずいぶん違うということでしょう。

最澄は多くの弟子を育成した名リーダータイプで、多くの最澄チルドレンを輩出しました。比叡山延暦寺で修行をした栄西は中国に留学し禅宗を学び帰国後、臨済宗を開きます。栄西の弟子にあたる道元は禅宗・曹洞宗を開きます。曹洞宗の「出家をしなくても、座禅という修行によって悟りを開ける」という教えは、広く武士たちの支持を集めました。

法然も同じく”最澄チルドレン”。彼は「南無阿弥陀仏と唱えれば誰でも悟りを開き、成仏できる」という「浄土宗」の開祖です。その弟子の親鸞は、みんなで集まってひたすら念仏を唱える「浄土真宗」の開祖です。念仏を唱えれば解脱して成仏できるという教えは当時の庶民に受け入れられました。

浄土宗の流れをくむ時宗を開いた一遍は、踊り念仏を唱道。浄土に行くことが確信されると歓喜して民衆が踊りました。これが盆踊りにつながっています。

十三世紀の終わりに日蓮宗を開祖した日蓮は、天台宗と真言宗の両方を学んでいます。法華経を経典とし、「南無妙法蓮華経」と唱えればより良い現世を生きられるという教えです。

本来の宗教は人間の根本的な疑問への答えを求めるもので、抽象的な思考を伴っていました。しかし、非田浦念仏を唱えればいいとなると「考えること」は棚上げになってしまい、神とは、人間とは、死とは何かといった思考をしなくなったことが日本人の宗教偏差値を下げただけでなく、哲学的思考が苦手といった現在につながる弱みになったように思えてしかたありません。

宗教に対して「現実的」なのは寺も同じです。多くの檀家を持ち。たくさんお布施をしてもらえるほどお金が入ります。寺は葬式と墓を押さえているので、様々なイベントを企画してお布施を増やそうとします。こうして日本の仏教は、儀式中心の葬式仏教となったのです。

日本人は宗教知識が無いと言われますが、実際のところとても宗教的な民族です。「ありがとう」「いただきます」「すべてのものに神が宿る」神を身近に感じ、無意識に宗教的な日本人はパワースポットを好みます。この感覚は一神教の欧米人にはわかりにくいものです。

神道は日本独自の宗教

世界の国々と同じく日本にも古来、人知を超えた神秘的なモノに対する信仰がありました。その日本独自の宗教である「神道」は「すべてのものに魂が宿る」という自然信仰がもとになってできたものと考えれており、開祖による経典や明確な協議はありません。

神道という言葉が登場するのは、720年に完成した『日本書紀』でこのなかの用明即位前期に「天皇仏法を信じ、神道を尊ぶ」とあります・

やがて六世紀に仏教が伝来すると、日本古来の神の信仰と重なり、日本人の宗教観が形成されていきます。平安時代になると「菩薩や仏陀が仮に神の形で現われる」という「本地垂迹説」という考え方が唱えられるようになりました。中世に置きた神仏習合的な状況が今日の神道と呼びうる存在をつくりあげました。

鎌倉時代からは神学として教義も整備され神道の優位性を主張する「反本地垂迹説」という考え方が出てきます。伊勢神道もその一つです。

江戸時代には仏教のお寺が幕府や藩の末端行政組織となり、神社はお寺の一部のような位置づけになりました。現在でもお寺と神社が隣接しているのはその名残りです。

明治維新以降は、廃仏毀釈で多くのお寺が破壊され、国家神道が唱道され神道の地位が一気に上がり、神道はいわば国教に近いポジションとなったのです。ところが第二次世界大戦後に一転して否定され、信教の自由として神道の信仰が認められるという今日の状況に至ります。

これから必要になる宗教の役割

国際的な場で現在の世界が抱える問題や未来の課題について論じるときは、宗教の知識を土台に、自分ならではの意見を伝えることが極めて重要です。同時に、相手の立場、歴史観、宗教観に寄り添うことができてこそ、世界における教養人となります。

近代になると科学が進歩し、人類共通の課題への答えが出されることで宗教のニーズが相対的に下がっていきました。ところが、二十一世紀になった今、科学があまりにも進歩していく中で、なおざりにされてきた倫理や哲学が改めて問われるようになってきています。

「科学技術で人を誕生させることができるとしても、本当にやっていいことなのか?」
「医学によって命を長らえることと、満たされた死を迎えることは両立するのか?」

まさにこうした問いが突きつけられています。私たちはあたかも万能な物のように科学に魅了されて近代を生きてきました。

「AIは人を超えるのか?AIは神の領域に達するのか?」
「遺伝子研究で「才能」も変えるようになるのか?」

しかし、科学はかなり進歩したとはいえ、災害や死の謎について完全に解き明かしたわけではないのです。科学ばかりではありません。耐えることのない紛争、拡大し続ける経済格差についてもそうです。

これからは、宗教が持つ倫理観や道徳が解決のヒントを与えてくれます。

教養に知識は必要ですが、知識だけではグローバルな教養は身に付きません。大切なのは私たちが宗教をはじめとした知識をもとに批評的に事象を考えること。そして、その思考訓練によって「独自の見識」を持つことです。

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